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グループ発表

橋本ゼミ3年 経済学部経済学科 隅田さおり 2010

 

 

1.はじめに

A班は前期2000年から2004年の日本経済の流れ、主に若者と格差について調べた。その結果この2000年から2004年の期間は、小泉政権による構造改革を主なきっかけとして「格差」という言葉が国民の間にも知られるようになり、活発な議論がされようとしていた、格差社会日本の導入の期間であったことが分かった。よってわたしたちA班は前半の発表では格差社会が登場するまでの流れを調べた。以下ここでは私が読んだ論文を中心にまとめていく。

 

2.論文の要約等

 まず前半の発表で読んだ論文からの引用、まとめなどについて。ここで、A班の中で、各自論文を読んだ後に交換をしたり担当を変更したりしたため、手元に論文が無いものがいくつかある。それについては自分が抜き書きしたものしか資料がないため、筆者やより詳しい内容などが分からないものがあることを先に断っておきたい。

 まず『「労働市場構造改革」への対抗軸』という論文について。これは小泉政権時代に進められていた「規制改革」とは、市場原理主義にたって競争促進的な規制は強化し、競争抑制的な規制は緩和するというものであり「総合規制改革会議が打ち出した労働市場の構造改革」は、「失業問題を解消するため、正社員をもっと解雇しやすくし…、正社員に替えてもっと軽量化された雇用を利用できるようにし、労働市場を流動化させる」というもので、筆者はこのような改革の提言を無責任の極みと主張していた。その理由は、労働市場改革が私たちにもたらす悪影響が深刻であるためである。例えば解雇ルールの法制化で解雇しやすくなってしまったり、福祉分野では低賃金不安定雇用が拡大したり、有期契約の期間制限緩和によって契約社員が増加したり、労働者派遣の規制緩和で常用代替がすすんだり、といったことである。また「労働基準法の適用除外を設けるという規制緩和も提言」しており、これが利用されることとなると、労働者には際限のない競争と長時間労働がもたらされることになる。このような事態を危惧した筆者は、働き手を大切にしない社会には未来はないと述べている。よって失敗したとしても再び挑戦する機会を与えることが大切で、そのためにはしっかりとした社会的な保障をつくるべきだと主張する。またワークシェアリングの必要性についても言及しており、仕事の取り合いではなく分かち合いをすすめている。

 次に『高失業時代の幕開け』という論文について。この論文は2001年頃の雇用の悪化について現状を述べたものである。具体的には2001年9月の完全失業率は5.3%と、最悪記録を更新し、その現状をみると男性では若年層と中高年層が際立って高い、というものである。雇用の受け皿とされていたIT関連産業は一気に業績が悪化し、電器産業に多くみられたリストラは鉄鋼、自動車、食品など非常に広範な産業に広がってきた。特に若者層の雇用悪化は深刻なものでこの状況は構造改革の「痛み」の部分であると筆者は主張する。総合雇用対策などで規制緩和を通じた新産業の育成、雇用のミスマッチ対策、セーフティネットの整備などを狙ったが、その効果は不透明で質が伴わないとされた。

 続いて『若者が希望をもてない社会に未来はない』という論文である。2002年1月の尾木直樹氏による論文で、大失業時代といわれた時代に若者はどのような状態で、社会はどうしていくべきなのか、という内容である。尾木氏は90年代の自分探しの時代、そして90年代以降の安定志向の時代を説明し、そして現在の不安定な雇用に苦しむ若者のモラルや意識が低下してしまうのは当たり前であると主張する。この不況で若者は企業側にもかつてとは違い即戦力を期待されるようになったり、ミスマッチなのにやむを得ず就職した上に、入った企業では人材育成の機能が全くなかったり、という状況に置かれてしまい、若者は国や大人に対する信頼感を失っているとも指摘している。このように多様な選択肢がなければ自分探しをすることや子どもが夢を持つことは不可能で、希望を持てる社会づくりが必要である。ちなみにこの時代には、この他にも仕事にやりがいがない、社会に希望が見いだせない若者が増えているので、希望のある日本社会にすべきだ、という議論がいくつか見られた。私はこのような意見にもちろん共感はできたし希望を持てる社会づくりは必要だとは思ったのだが、では具体的にどのような政策が必要なのか、ということがどの論文にもほとんど書かれていなかったのが物足りなく感じた。これではただの理想論になってしまうと思う。

 続いて『リストラ中高年の「孤独な転職」』という論文について。ここでは失業率5%という時代に突入し若者の雇用機会について大きく取り上げられている中で、これからさらに増えるおそれの大きい「中高年の長期失業者」に対し、その実情に沿った支援の必要性が訴えられている。中高年労働者は通常会社を辞めるとき、出向によって再就職先の確保されるケースが多かったのだが、不況により受け入れ先となる中小企業の業績が大きく悪化するなどして、それが不可能になってきたのだ。よってリストラにより職を失う中高年者が増加し、いわゆる孤独な転職が行われるようになったのである。そこで筆者は中高年にもっと手厚い職業訓練の機会を提供するなどの対策が必要であると提案し「リストラを決断した企業と人々がその責任を果たそうとし、その行動を支える社会の仕組みを整備することこそ、リストラ中高年の孤独な転職を回避するための活路」であると主張する。

 続いて『労働組合は、いま何をなすべきか』という論文である。著者は5%という失業率を戦慄すべき状況であるとし、小泉政権の構造改革によって雇用形態をアメリカ型モデルにすることに反対している。しかし断固として反対というよりは、景気回復なくして構造改革なし、そして雇用の改善なくして景気回復なし、とし、雇用の改善をまずすべきである、ということである。政府には雇用対策への予算付けと失業者を増やさない手だてと失業者への給付、企業には新しい雇用を創出する努力と失業者を増やさない努力を求め、雇用のためにあらゆる手を使うべきとしている。そして理想とする雇用形態は、少子高齢化社会のなかで高齢者・女性・新卒者・外国人をベストミックスで組み合わせ、社会保障を中心に個人と華族に対する安全保障をしっかりさせるとともに男女とも仕事と家庭が両立できる社会システムであると述べている。つまり労働を中心とした福祉型社会が今後のあるべき姿としている。

 続いて2001年5月の玄田有史氏による『雇用の世代対立を回避せよ』という論文について。労働市場に見られる危機を3つ紹介しているもので、若者も中高年も高齢者もそれぞれ雇用の悩みを抱えながら、それらが連鎖して失業率上昇という悪循環をもたらしていることを述べている。第一の危機は、定年延長は若年の採用機会を奪うということである。日本の労働人口が頭打ちとなり労働人口の減少が現実のものとなると、働き手を確保するためにも定年延長に期待が集まる。そうすると新しく採用されようとする人々から就業の機会を奪うことにつながり、若年の新規採用が大きく抑制される。もし定年延長をするならば雇用調整のルール、具体的には解雇ルールの見直しが必要になってくるが、これはただ解雇しやすくすればよいという訳ではない。今まで積み重ねてきた解雇ルールの歴史もあるため、簡単にはいかない非常に難しい問題になってくるのだ。第二の危機は中高年が転職できない、ということである。中高年の転職がなかなかうまくいかない最大の理由は求人年齢と自分の年齢とがあわないことである。著者によると求人年齢を設けないということについては、今後急速に見直しが進められていくと言える。しかし年齢以外に本人の能力をはっきりあらわす明確な基準がない限り、中高年の転職事情は依然として厳しいままであるため、なかなか解決には向かわない。第三の危機はコミュニティの不在である。フリーター、パラサイトシングル、さらに新卒転職の七・五・三など、若者の就業意識の低下が危惧されるなか、今後深刻さを増すのは広いコミュニティから隔絶された「孤独なフリーター」であると筆者は指摘する。学校や職場などで所属するコミュニティが無くなってしまい、ミスマッチなどが生まれて孤独なフリーターと化してしまうのだ。このように高齢者、中高年、若年の三つの危機は密接なかたちでつながっていることが分かる。そしてこれらの労働市場の危機を回避するためには、政府によって政策を適切におこなうことが重要であると筆者は主張している。

 

 今までは主に労働市場や格差社会の現状について書かれたものを中心に見てきたが、ここからは少し若者を始めとする人々の精神面や内部に踏み入ったものについて見ていきたいと思う。やはり時代が大きく変化したときであったからか、「最近の若者」について書かれた論文は非常に多かった。

 まず2001年6月「特集「普通」の人の生きづらさ」より、赤坂真理氏による『「障害」と「壮絶人生」ばかりがなぜ読まれるのか』という論文である。この時代、ベストセラーになる本はたいていがセルフ・ノンフィクションで、内容に見られる特徴としては「障害」か「壮絶」であった。そしてそのような本を買っているのは「普通」と言われる人たち。筆者はその状況があまり健康なもののようには思えないと言う。その中でも特に好まれるのが壮絶・生還タイプの話で、たとえば大平光代の『だから、あなたも生きぬいて』や飯島愛の『プラトニック・セックス』など。これらの本から導き出される命題は、まず普通の育ちをして普通の階級を出ていることだ。しかしその後にかなり落ちて逸脱する。そのあとは社会に戻ってきて生還するのだ。しかも戻ってきた場所は普通の人よりずっと高い。壮絶・生還タイプを好む受け手の心は実はかなり病んでいて、相当に劇的でないと満たされることを知らない。

 それから乙武洋匡の『五体不満足』についても言及している。彼は目標も見つかり周りの人にも恵まれたラッキーなケースなのだ。乙武氏の両親は子供のために障害に理解のある機関が存在する土地に何度か引っ越しているそうだが、気軽に引っ越せる彼の家族自体がいい階層に属しているという事実からして、見逃すべきではない。さらに著者は、乙武氏はわざとか分からないが、健常者と障害者の「ちがい」の描写を軽視していると指摘している。

筆者はこの他の作品についても触れ、書き手だけでなく、何も解決に向かいもしないのに目をそらされるだけのハッピーエンドを好む現代の人々を痛烈に批判している。最後に特に私が印象深かった文を引用したい。「涙や感動の話はいまや消耗品である。生きた証は一週間で資源ごみに出る。」そして「目立つ人が意識を変えるのはいいことだね、でも追随した普通の人たちにはなんのサポートもない環境が待っている。子供への虐待はもちろん増えるだろうしヴァリエーションが豊富になってどんどん外の目から取りこぼされていくだろう、そのなかには、「美談」というものすらありうる。」この時代の人々の闇の部分をよく表している論文だと思った。

 続いてはケータイ論争について。2004年特集「ケータイ文化は退廃堕落社会の予兆か」について詳しく見ていきたい。まず武田徹氏の『ケータイを敵視する「メディア一世」たちの傲慢』。ここでは大人たちのケータイ批判のことを、多機能機器をらくらくと使いこなす若者に対して多機能性についていけない「情報弱者」の大人たちが奏でたブーイングの大合唱としている。つまりそれは「身体化したメディア」からこぼれ落ちたことへのコンプレックス、若者への嫉妬に起因している。そして若者は一つの共同体を仮想して繋がりを作る。筆者はそれを「ケータイ共同体」と呼ぶ。そんな若者は、子供の顔の表情、身ぶり、しぐさの意味することが読み取れていない大人たちとは違い、相手やその周囲のことを考えて、負担にならぬよう驚くべき礼儀正しさで気遣いしながら手探りをしているのだ。さらにケータイの普及はコミュニケーションを希薄にするという批判があるが、それに対してはメールのやりとりを頻繁にする者ほど実は相手と密に会う、というデータがあることを示し、「ケータイ共同体」内部ではメールのやりとりを契機に対面型コミュニケーションが作用していると説明。ケータイの持つ良い点、そしてそれを使いこなす若者を肯定的に捉えている。

 続いては同じ特集から小原信氏の『不安定なつながりが逆に孤独を深めている』という論文について。著者はケータイを他者の介入を回避しながら自己主張する情報機器として定義している。そして使用者にとって画面だけが世界で、画面の中の相手だけが「他者」となり、その他はtheyとみなされる。都合の良くない情報は平気で遮断し無視できたりする、としている。さらにケータイを使うと公的な空間が私的な空間と化し、電車の中でも大声で話す人が出てくる。また友人との連絡が増えることで家族とのコミュニケーションが疎かになるなど、不安定なつながりが逆に孤独を増大させると主張。人から連絡がこないとすぐに不安になったりしてしまうようになるのだ。ケータイのおかげで世界が広がったように思えるが、実は人間としてのコミュニケーションは減ってしまう。筆者はそれよりも「画面」の外、現実の世界に目を向け、人間の生の繋がりを大切にすべきとしている。

 他にもいくつかケータイについての論文があったが、私が見た範囲ではやはり後者の方のケータイと若者を否定的に捉えているものが多かった。その点で前者の論文はアプローチの仕方も意見も、当時は珍しいものだったのではないだろうか。

 

3.おわりに

 この時期、私は小学生であったため経済や社会のことは今以上に知らなかった。とくに構造改革などは知っているのはその名ばかりで、知識は無、と言っても良いくらいだった。だから格差の導入期とも言えるこの時期について詳しく調べる良い機会ができて、とても勉強になった。傾向としては、不況と構造改革が失業率の低下と特に若者の雇用の悪化をもたらし、それが若者のあらゆる意欲の低下につながってしまった、といった論文が多かった。また若者の精神についての論文を読むのは非常に面白かった。特に赤坂氏の論文は攻撃的な感じがして非常に印象に残っている。さらに携帯電話など今となっては当たり前のこともこの時には新しいことだったのだと思うと、経済の発展というか時間の経過を感じた。今回調べたことをこれからに生かしていければ良いと思う。

 

 

(後半)

 

1.はじめに

 私たちA班は後半の発表で主にフリーターとニートを扱った。というのも記事数を調べたところ、1990年代から既に存在していたフリーター関係の記事数が私たちの担当した年代である2000年前後から増加していたからである。そしてニートについての記事が2004年に彗星のごとく登場し、大きな盛り上がりを見せ始めていたからである。よってこの2つこの年代のキーワードになると考え、さらにそれについて本を執筆していた玄田有史氏と本田由紀氏の意見が対立している部分があることに注目し、調べていった。ここでは主に自分が担当したニートについての議論、特に『「ニート」って言うな!』という本についてのまとめを多く書いていくことにしたい。

 

2.玄田氏と本田氏

 まず玄田氏と本田氏について簡単にまとめる。玄田有史氏は東京大学の教授で専攻は労働経済学の日本の経済学者である。著作は多数あるのだが、今回A班では『仕事のなかの曖昧な不安〜揺れる若者の現在〜』そして『ニート―フリーターでもなく失業者でもなく』という2冊の本を扱った。特にこの後者の本の出版により彼はニート問題の第一人者として知られるようになり、メディアや講演などに多く出演するようになった。本田由紀氏は東京大学の教授で専攻は教育社会学の日本の教育学者である。学校教育とりわけ専門学校と労働や就業の問題への検討を行っている。今回は『若者と仕事〜学校経由の就職を超えて〜』と、内藤朝雄・後藤和智と本田氏の共著である『「ニート」って言うな!』を扱った。特に後者の本で三者は玄田氏による「ニート」の定義の曖昧さを鋭く指摘している。

 

3.フリーター

フリーターとは具体的に何を指すのか。それは1980年代後半にアルバイト雑誌「リクルートフロムエー」が「フリーアルバイター」の略語として作った言葉で、15〜34歳の若年(学生と主婦は除く)のうちパート・アルバイト(派遣などを含む)および働く意志のある無職の人のことである。フリーターの数は年々増加している。90年代初頭のフリーターは「自由な新しい生き方」という意味で捉えられており、バブル経済期の好景気に基づく旺盛な企業の雇用需要としての見かたであった。つまりこの時期のフリーターは肯定的なイメージだった。しかし2000年前後のフリーターに関するマスコミの報道はその悲惨さを強調するものへと変化していった。フリーターを始めとして多くの若者たちがどのような職が向いているのか分からない、などといった内面的な迷いや不安から職業選択に踏み切れない、ということが強調されるようになり、フリーターは否定的なイメージへと変化したのである。このようなイメージに変化していった時代に識者たちはどのような議論をしていたのだろうか。続いては先ほど紹介した著作について見ていきたい。

まず本田氏は『若者と仕事〜学校経由の就職を超えて〜』の中で、フリーター誕生の要因を組織から組織への移行の失敗としている。例えば家族領域においては家計の経済状況の悪化、放任的な親子関係、または子どもに対して特定の進路のみを想定し、硬直的で過度な期待を持つ親が増えたことにより、進路について家族のアドバイスの欠如、などといった状況が起こるようになった。教育領域では教育側の情報の不足や不十分な進路指導、そして仕事への魅力の欠如など教育内容について欠点が散見されるようになった。それから仕事領域では正規労働者市場が縮小され非正規労働が拡大していった。さらに若者はその不安が原因で進路への積極的な意識が薄れていってしまった。このようにそれぞれの領域で問題が起きることで組織間の移行が失敗し、フリーターが誕生する、と仮説を立てたのである。

続いて玄田氏のフリーターについて。『仕事のなかの曖昧な不安〜揺れる若年の現在〜』の中でフリーター(やパラサイトシングル)の増加は、高齢化の進展にともない、高所得や能力開発の機会を提供する雇用機会が多くの若者から失われたことが原因であるとしている。具体的には中高年の既得権、そして労働市場の世代効果がそのような現象を生み出した、としている。既得権により中高年はすでに得ている雇用機会を維持することができるが、その代償として若年の雇用機会は奪われた。労働市場の世代効果により好況期に卒業した世代は比較的良い就業機会を得やすくなるが、不況期に就職せざるを得なかった世代は将来にわたってもなかなか満足のいく職に出会えなくなってしまうのである。

つまり本田氏も玄田氏もフリーターは若者の意識が主要因ではないとしている点で、フリーターの認識については共通しているのだ。

 

4.ニート

 これまで見てきたフリーターであるが、一方で2000年以降、フリーターや失業者だけでなく別の人々が問題として浮かび上がってきた。それがのちに「ニート」と呼ばれる人たちであり、今や誰もが耳にしたことがあり日常でも使っているだろう。この言葉はこの時代、具体的には2004年の中頃に登場した。ここからはニートについて見ていきたい。

 「ニート」とはイギリス発祥の言葉で「Not in Employment, Education or Training」の略であり、この言葉自体は1999年頃に登場した。具体的には教育を受けておらず労働や職業訓練もしていない16歳から18歳の若者のことを指す。しかし日本での定義はこれとは異なっており、15歳から34歳の若者の中で、学生でない未婚者でかつ働いておらず、具体的な求職行動もとっていない人のことを指す。つまりイギリスと違い職に就こうとして活動している失業者や、働きたくても病気やけがで働けない人たちは含まれていないのだ。そして実際には多様で普通の若者たちが多い。例えば進学・留学準備中の人、資格取得準備中の人、芸能・芸術関連のプロを目指して準備中の人、家業手伝いの人、結婚準備中の人などで、彼らもニートに含まれる。

 ではこのニートについて二人の見解を見ていきたいと思う。まずは玄田氏から。玄田氏は『ニート―フリーターでもなく失業者でもなく』の中で、日本で初めて「ニート」という言葉を使い紹介した。玄田氏は多くの若者が失業した原因をこう述べている。「職業意識の低下でも甘えでもなく、不況のせいで求人が激減したせいだ。」そして「多くの企業にとって社員との軋轢が最も少ない人員調整の手段として選んだのは、若者の採用凍結だった。若者に失業が増えたのは、不況もさることながら、実際には中高年の雇用を維持する代償として、働く機会が多く奪われたからだ。」と。つまり問題の本質にあるのは若者の職業意識の低下ではなく、全体のパイがあからさまに減った、ということであり、若者はいわゆる「社会構造・不況の被害者」であると玄田氏は主張しているのだ。その中で登場したニートは、働くことも学ぶことも全て放棄し、社会と交わる機会を失った、社会の入り口で立ち止まってしまった若者のことなのである。この希望を見出せなくなった若者たちが問題であるとしている。

 続いて本田氏、内藤氏、後藤氏の共著である『ニートって言うな!』についてである。ちなみに内藤朝雄氏はいじめや憎悪が生まれる社会的なメカニズムについて研究している社会学者であり、後藤和智氏は通俗的な若者論に対して詳細な検証を行い、批判をネット上で行っている大学生(当時)である。

この本の中でニートは先ほど述べたような定義がされている。それに加え、非求職型といって、働きたいという希望はあるが具体的な求職行動をとっていない人たちと、非希望型といって、働きたいという気持ちも表明していない人たち、この2つを組み合わせたものである、という定義もなされている。本田氏はニートと呼ばれる人たちを調査したところ、世間一般のイメージであるニート、つまり非希望型に分類される働く意欲がない人々の数は増えていないし、全体に占める数も少ないことを発見する。そしてそれよりはるかに増えているのが、求職型である失業者とフリーターであることを主張し、ニートの現実を正しく理解することが必要であるとする。また非求職型の人々も、良い職さえあればすぐに働きたいと思っている人が多く、実際は労働市場への親和性・近接性が強いのだ。

またこの本の中ではニートに対しての間違った解釈が多く紹介されている。例えばニートに限ったことではないが、少年ネガティブキャンペーンの広がりである。これはマスメディアによって紹介されたほんの一部の若者の事例が、一般的な若者として構成されてしまい、大衆の若者に対する見解もそのようになってしまうのである。それもメディアは凶悪化した若者、キレる若者、危ない○○歳、あなたのまわりの普通の子も人を殺すかもしれない、などといったネガティブなフレーズをつけて広めるのである。それからニートは定義にもあるようにパラサイトシングルやひきこもりとは異なるものなのに、重ねられて語られたりもしてしまう。さらにニートは就業の問題であるのに、その原因が甘ったれた、病んだ、など若者たちの心の問題や、親のしつけがなっていない、だから子が自立していないなど教育の問題として認識されてしまっている。そしてそもそもニートは前にも説明したように多様で普通の若者たちが大多数なのに、理解できない存在、哀れむべき存在、堕落した存在、そして道徳や努力が足りない、怠けた存在として大衆には理解されているのが現状なのだ。本田氏はこのようにニートがその定義を超えて、現代社会・若者層の気分として認知されてしまっており、それにより本来のニートの原因である社会構造の問題を隠蔽され、青少年の内面の問題としてみなされるようになってしまったことを指摘し、本来あるべき就業の問題として捉える必要性を訴えている。

実際にこの時期の新聞記事を調べてみてもニートについて否定的な記事が多かった。例えば2004年12月の朝日新聞では、ニート状態にあった男性が強盗殺人事件を起こしたという事件を取り上げており、ニートと殺人を直接的に結び付けている。さらにニートについての一般の方々の投稿記事を見てみると、ニートが増えたのは働く意欲を低下させた企業の社会的責任であるとか、職業教育をきちんとしてこなかった教育側の責任であるとか、はたまたニート自身の責任であるとか、様々な意見が飛び交っていた。

このような中で著者は、本当に支援を必要としているのはフリーターや失業者つまり求職型の人々、非求職型の人々、さらに非希望型の中でも働く意欲が無く、犯罪に親和性のある人々やひきこもりの人々であるとし、むやみ支援せず、このように本当に支援を必要としている人々を見極めることが大切とする。

そしてこの本で特に紹介しなければならないのは、玄田有史への批判だろう。三者とも玄田氏の批判を必ず取り入れており、非常に興味深いものがある。引用が多くなるが紹介していきたい。

まず一点目。玄田氏は『ニート』の中でニートは働かないのではなく働けないのだ、と主張している。しかしニートの実態を見ると、ニートの中には働く必要のない人々、あえて働いていない人々もいるため、そういう問題ではない、として本田氏は批判している。そして働く意欲がないわけではなく、働きたいけど働けない、ということを終始強調している玄田氏に対して、そのような見方は「学校に行きたいのに行けない、踏み出せない、という不登校のイメージとオーバーラップする。不登校や引きこもりと似たイメージに」なってしまうとして批判している。続いて二点目。玄田氏は『ニート』の中で、「フリーターは問題じゃない」といった旨のことを述べており、フリーターとニートの間にはっきりとした線引きをしている。その上でニートの重大性のみを強調している。これに対して本田氏は「実際はフリーターも失業者も非求職型のニートも安定した就職機会の不足という、同じ背景から生み出された、共通性の大きい層である。現在働いていない、仕事を探していないということだけに着目するニートという区切り方は、現実を認識する道具として適切ではない。」として批判している。三点目に玄田氏はニート支援産業がビジネスとして成り立つと考えており、そこに資金を流すべきであると提言している。これに対して本田氏はこれでは非求職型の人々までが対象として包摂されるため、無駄な資金が大量投入されてしまうと批判している。四点目に玄田氏は著作の中でニートの急増が未曾有の危機のように言っている。しかし内藤氏によると玄田氏の出したデータは1997年と2003年との比較であり、ニートがどのように変動してきたのか分からず、ほんの一部を取り出して危機を煽っている、と批判している。五点目に玄田氏は、社会は若い世代に過剰に期待しすぎているとか、青少年の心理ばかりを問題視するのではなく、社会や労働条件も絡めた複合的な視点から捉えるべき、などと言って若年層に責任を押し付けるのはよくないと発言している。しかし「「ニート」は「自分探し」をしているとか、あるいは職業体験こそが重要」などとも発言し、自己責任論につながるような矛盾した発言も見られるとして、後藤氏は批判している。六点目に、大衆にニートがこれまで述べてきたように正しく理解されていない状況の原因は「ニートという概念をイギリスから輸入した玄田氏らが、ニートの内面を単純かつ安易に規定してしまったがために、無用な若者バッシングを呼び込んだ」からとして、彼が間違った世論を作った一人であるとしている。

以上が玄田氏に対する批判の紹介であるが、ニートという言葉を取りこんで世間に広めた玄田氏が間違った広め方をした、として批判しているのは何とも興味深いと言える。玄田・本田両氏はこのように対立している部分は多く見られるが、基本的にニートの原因・問題は社会構造にある、という面では一致している。そこがまた面白い点である。

 

5.おわりに

 これまでフリーターとニートについての議論を玄田氏と本田氏の著作を主に紹介しながら展開してきた。やはり前半で調べたようなバブル崩壊後の不況から構造改革までの日本経済の大きな変化が、若者の雇用情勢に大きな影響を及ぼし、フリーターやニートの問題を顕在化させたことは間違いない。詳しく調べるにつれてその構造が良く見えてきた。それから私自身ニートについては否定的な意見を持つ一人だったのだが、実は本当に様々な人がいて、私たちがいわゆるニートと呼んでいたような非希望型の人々はごく一部であることが分かった。しかしこの一部の人々をほったらかしにしておいて良いわけがない。やはり彼らに責任を全て負わせるようなことはせず、社会全体で取り組んでいかなければならない問題であると強く感じた。